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渡瀬恒彦死去で十津川警部や9係はどうなる?代役はいのっち?

2017/04/12

渡瀬恒彦
渡哲也さんの弟さんとしても知られ、数々の名ドラマに出演してきた渡瀬恒彦さん。
 
映画「仁義なき戦い」シリーズをはじめとして、デビューから40年以上、最近では十津川警部などで人情味ある演技で親しまれていましたが、2017年3月14日に多臓器不全のため72歳の若さでお亡くなりになりました。
 
渡瀬さんの出演していたいくつもの人気ドラマは、今後どうなってしまうのでしょうか?
渡瀬恒彦 9係
今回はそんな渡瀬恒彦さんについていろいろ調べてみました。

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渡瀬恒彦死去で十津川警部や9係、おみやさんはどうなる?

まずは渡瀬恒彦さんのプロフィールを紹介します。

名前:渡瀬 恒彦 (わたせ つねひこ)
本名:渡瀬 恒彦 (わたせ つねひこ)
生年月日:1944年7月28日
没年月日:2017年3月14日(満72歳没)
星座:しし座
血液型:AB型
身長:174cm
出身地:島根県安来市
出身小学校:
出身中学校:三田学園中学校
出身高校:三田学園高校
特技:空手(二段)
趣味:散歩、写真
所属事務所:東映マネージメント

渡瀬恒彦の兄は渡哲也さん。


 
 
 お二人並ぶと見分け付きますが、一時期そっくりでどちらかわからなかった笑

さすがに兄弟だけあってよく似てますよね。
特に和装だとわからない時期があったんですよね。
 
渡瀬さんは大学入学時1浪していますが、早稲田、慶応、中央の3つの大学に合格して、当時目指していた新聞記者になるには早稲田がいいだろうという事で、早稲田を選び法学部に入学しています。
 
お兄さんの渡哲也さんが青山学院大学に通っていたことから、共同生活をするようになりました。

渡瀬恒彦のデビューのキッカケ

渡瀬さんのデビューのキッカケは、先に俳優としてデビューしていた兄・渡哲也さんに誘われたからだと思われがちです。
 
ところが実際は、就職した電通を研修期間の1ヶ月でやめて広告代理店で働いていた時に、兄の渡さんの知人が経営する不動産屋の営業スタッフとして応援に行っていた時に東映の社員にスカウトされて入ったというのが本当のところだそうです。
 

昔の渡瀬恒彦は熱血でアクション俳優だった

渡瀬さんはとにかく運動神経抜群で、スタントなども全て志願して自分でこなしていました。
 
バスを運転する役をやりたいと思えば、バスの教習所へ通って免許を取ってきて「この役の為にとってきたんだから」と言ってバスを自身の運転で横転させるスタントをやったという逸話があります。
当時は周りの人が危惧するほど、車の運転技術に対して自信過剰ではないかというくらいの自信を持っていました。
 
ところが当時33歳だった1977年「北陸代理戦争」の撮影中に自身の運転ミスで、ジープから投げ出されて生死の堺をさまようような大けがを負ってしまいます。
 
その時の大怪我が元で、アクション俳優から晩年の人情派俳優へと転向する事になりました。
渡瀬さん自身は後年「結果的には役の幅が広かったのでよかった」と振り返っています。
 
こうした背景で十津川警部やおみやさんが生まれたのですね。
わたしは渡瀬さんと言えば人情派俳優のイメージしかないので、運動神経抜群のアクション俳優だったと聞いて驚いてしまいました。
 
今回調べていて知ったのですが、あの有名な映画「南極物語」にも出演されていたんですね。

 
 
 映画「南極物語」

高倉健さんのイメージが強いのと、当時まだ子供だったのと、主役はタロとジロだったので。笑
 

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渡瀬恒彦の病気との戦い

1994年に脳梗塞を起こしていたことを黒柳徹子さんの「徹子の部屋」で明かしています。
その時の後遺症で左手に軽い障害が残ったといわれていますが、本人の口から公には語られていません。
 
そして、「警視庁捜査一課9係シーズン10」を撮り終えた2015年の6月、体調不良のため受けた検査で胆のうに癌が見つかりました。
当時はまだ胆のう癌については公表されていませんでしたが2016年5月26日発売の「女性セブン」で初めて報じられることとなります。
 
この時すでに余命1年の告知を受けていましたが、手術ではなく抗がん剤の投与と放射線治療を5か月間受けました。
転移があったことから特別な放射線治療や抗がん剤も使う事が出来なかったそうです。
 
その後も入退院を繰り返しながら、 2016年2月に放送されたミステリードラマシリーズ「おみやさん」でなんとか復帰を果たします。
渡瀬さんは、いくら体調が優れないときでも、「俺は必ず現場に戻るんだ」という熱意を持っていたと言います。
 
2016年4月6日~6月15日まで放映された「警視庁捜査一課9係シーズン11」は決して体調が良かったわけではないのですが、1度も降板することなく、投薬と精神力で演じ切りました。
 
2017年2月19日には「警視庁捜査一課9係シーズン12」の取材会に気丈に現れ、12作目となるドラマの見所を話していました。
「体調は良くない。現状維持という感じ。食欲はないけど一生懸命食べている」と語りましたが、これが最後の公の場となってしまいました。
 
3月14日に様態が急変し、駆けつけた奥さんと二人の子供に看取られながら多臓器不全により72歳の生涯を閉じました。

渡瀬恒彦の9係代役はいのっちこと井ノ原快彦?

渡瀬さんが主演していたドラマシリーズの中で、後任が既に決まっているのは
「西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ」の十津川警部の内藤剛志さん。
西村京太郎原作の十津川警部シリーズはテレビ朝日をはじめとして、複数のテレビ局でたくさんの俳優が演じています。
なかでも渡瀬さんは54作品に主演し、日本で最も多く十津川警部を演じている俳優さんです。
 
渡瀬さんが体調不良のため降板した2017年1月からは、題名を「西村京太郎サスペンス 新・十津川警部シリーズ」に変更したうえで、十津川警部を内藤剛志さんが演じています。
 
そして「おみやさん」
2002年から2012年まで9シリーズが放映されていて、渡瀬さんが主演を務めています。
2010年と2014年、2016年(2本)にはスペシャルドラマも放映されていますね。
こちらは今現在後任が決まっていないようです。
もしかしたら、このままなくなってしまうのでしょうかね?
 
あとは2017年4月12日から放映される「警視庁捜査一課9係」ですがこちらは井ノ原快彦さんとのことです。
どういった流れになっているのかは見てのお楽しみですが、渡瀬さんは転勤したとかの設定になってるんでしょうかね?

渡瀬恒彦の最強の伝説や武勇伝といえば!

芸能界で喧嘩最強はだれか?という議論になると、必ず渡瀬さんが出てくるのだそうです。
晩年の渡瀬さんからは想像できませんが、いろいろな武勇伝が出てきます。
 
まず一番有名なのが安岡力也さん。
安岡力也さんは既にお亡くなりになっていますが、当時とても怖そうな人だと思った記憶があります。
元キックボクサーで見た目も振る舞いもまんまヤクザでしたが。

 
 
 
 安岡力也さん

この人を半殺しにしたのだとか。
渡瀬さんは早稲田の空手部で2段の腕前だそうですから、余程強かったんでしょうね。
 
次に岩城滉一さんや舘ひろしさん。
この二人を含めた「クールス」というロックバンドを全員ボコボコにしたんだそうです。
まあ、強そうではないですけどね。
 
日本のドラマ界の大俳優がまたこの世を去ってしまいましたが、強さを内に秘めた優しい先輩が残したものを、一緒にやってきた後輩俳優さん達がきっと受け継いでくれることでしょうね。

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