保阪尚希が通販会社設立で再ブレーク!保坂流の取扱商品は何がいい?

1990年代に「平成の新御三家」のうちの一人として活躍した俳優の保阪尚希さんが、最近またテレビによく顔を出すようになりました。

平成の新御三家といえば、今やスーパースターとも言える地位を築いているあの福山雅治さんもその一人ですよね。
福山雅治さんは言わずもがなの俳優業とミュージシャンなど、当時と変わらない立ち位置で成功してますが、保坂さんは「通販王」。
早い話、実業家として成功したということですね。


保阪尚希はどんな通販会社設立で再ブレークしたの?

株式会社エムジー・ワールドという会社を約10年前に立ち上げています。
肩書は「通販コンサルタント」なんだそう。

保坂流というブランドを10年前に立ち上げて、年間10億円の売上があるんです。
その中でも、電子レンジの調理器具「ラ・クッカー」という商品が、単体で1日1億7000万円も売り上げたりしています。
この商品は北アフリカ発祥の鍋「タジン鍋」をヒントに開発されています。
こちらがそのラ・クッカー↓


他にプロデュースした商品は

●Dr.コパ監修「風水開運アイテム」
●保阪流×オーマイ「湯きり達人 ぱすたパン」
●電子レンジ専用調理器「ラ・クッカー」
●おかざきなな監修「エクスレンダー」
●フィフィの「エジプトコレクション」
●フロゴルファー片山晋吾監修「グルギニン45」
●うめじゅんの「リラックスマッサージクッション」
●三雲孝江アナ考案「FaceUp Clip」
●山本美憂プロデュース「ミュン」 

などがあります。

保阪尚希さんの商品展開の特徴は、商品の企画・開発・制作からセールスプロモーションまで、一貫したプロデュースを行っていることです。
なかでも、芸能人や著名人とコラボレーションしているところが人気の秘訣のようです。

保坂さん曰く、

「どうすれば儲かるか」といった金儲けを目的とはしません。金儲けを主とすると、当初の動機とは差異が生まれていくため、本当にいいものを作れない。僕は内臓破裂という大病をしたこともあり、予防医学として朝食でサプリメントと青汁を摂取しています。自分が納得したものに自信があるからこそ、『保阪流』のすべての商品をプロデュースしている。

といった「損得勘定」では動かない、といった信念のようなものが根底にあるのだそう。


保坂尚希の通販商品は何がいい?

保阪尚希さんの取り扱う通販商品には、ある共通点があります。
それは調理器具などの「食」にまつわるものと、運動器具などの「体」にまつわるものばかりだということ。

これには保坂さんの経験した大病が関係しています。

「1年間の休みが本当に2日しかないって暮らしを延々としてきたんですね。30歳になったあるとき、体の異変が起きた。突然、全身が痛くなって何も触れられなくなった。最終的には腹膜炎による内臓破裂を起こした」

病気で内臓破裂を経験したことがきっかけで、食と健康の重要性に気づいたわけです。
その後、野菜ソムリエやフードアナリストの資格を取得するなど【食】を追求していくことになったのです。

自身の大病がきっかけで食や健康に目覚め、その知識を元に通販事業を始めるわけですが、ここからが保坂さんの「実業家」としての的確な判断が発揮されたところです。

それはまず、安易に「食品そのもの」を扱わなかったということ。
「食品」を扱わなかったのは、ズバリ「賞味期限が切れて廃棄しなければいけなくなる」という理由からです。
廃棄が増えてしまってはどれだけ売り上げても利益率が上がりませんからね。

それでもネットショップを見れば調理器具やエクササイズ器具などはあふれるほど販売されています。
保坂尚希さんがもう一つこだわったことに「オンリーワン」的な考え方があります。
「ネット通販では手に入らない商品のみを取り扱う」ことが、爆発的な売上を上げた要因の一つに上げられます。
競合がいなければ必ず自分のところで買ってくれるというわけですね。

保阪尚希が通販王で大成功したのには幼少期に培った下地がある

保阪尚希さんの着眼点などの商才には目を見張るものがありますが、これは一朝一夕で身についたことではありません。
過酷とも言える不幸な生い立ちがあってこそのものなのです。

保坂さんはご自身でよく口にしていますが、若干7歳の時に事故で入院したあと、両親が自殺しているのです。
しかも自分の誕生日の3日後だったというのですから、言葉では言い表せないような衝撃的な出来事だったはずです。

幸い祖母がいたので施設などに預けられるようなことはなかったのですが、子供心に「稼がなければ」という意識が芽生えたそうです。
妹もいたので更にその思いは強かったことだろうと思います。

近所の熱帯魚店に頼み込んで200円の時給で働かせてもらい、そのお金でハムスターを繁殖させてペットショップに売却していました。
ときには100円のゲームで取った景品を500円で販売するようなこともしていたといいます。
中学時代にはレストランに自分で頼み込んで働かせてもらったそうです。
いろんなことでお金を稼ぎながら、なんと15歳にして100万円をためたというのだから驚きです。

お世辞にも恵まれた子供時代とは言えませんでしたが、常に自分で問題を解決するためにどうしたらいいかを考える性格を持ち合わせていたわけですね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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